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濁流 -約束ー  2

 「ありがと」

その言葉にはっと我に返った。
「よ・・・良かった。 け・・・怪我は?」
言い掛ける私の首に、少年は細い両腕を廻して頬を摺り寄せた。
「死なないで」 耳元で囁いた。
「!」 体が強張る。
「此処は、死ぬ場所じゃない」
「!」 体が震える。
「死んではだめ。 生きて・・・・・・僕がきっと幸せにしてあげるから」



 命を絶とうとして、此処へ来た事を彼は見抜いていた。
生きていることに、これから生き続ける事に何の意味も見出せず、
そのむなしさに耐えられなかった。
自分の血が呪わしく、呼吸する事さえ辛くて苦しくて、すべてを断ち切ることしか
考えられなかった。

 涙が次から次から溢れ出して来る。

「死なないで、お願い」
頬ずりしながら、更に囁いた。
「急いで大人になる。 急ぐから・・・・・・もうすぐだから・・・・・・待ってて」
小さな手が、涙でぐしゃぐしゃの私の頬に触れた。 
ひんやりとしたその手が、零れる涙を拭い、一生懸命言う。
「すぐ大人になって、幸せにしてあげるから・・・だから、死なないで」

 体の震えが一層ひどくなり、少年を落としてしまいそうになって、そのまま座り込んだ。
「お願い、約束して」 
濡れた頬に頬ずりして囁いた。
「わ・・・私は・・・・・・」
生きる価値が無い・・・・・・と、言おうとしたが、その口を柔らかな唇が塞いだ。


 かあっと頬が熱くなり、くらくらとめまいがした。
今までとは比べ物にならないひどいめまい・・・・・・。

小さな手が、なだめるように私の髪を撫でて、小さな声で言った。
「幸せになる為に、約束して」



 家名を汚さぬ為。
 
 立派な医師になる為。

 主家に仕える為。

 父の為。

 
 ○○の為・・・・・そういう言葉は、自分の思いを封じ込め、諦めるときしか
使ったことが無かった。


 くらくらとしながら、
「幸せに・・・なる為・・・・・・」 つぶやいた。
「そう」 こくんと少年が頷く。
「待っててくれる?」
小首を傾げ、大きな赤い瞳でじっと見詰めてくる。
「ま・・・待ちます」
途方も無い言葉が口をついて出た。

 何を言っているんだ?
 男同士で、いったい何を・・・・・・

だが、心の奥底の頑固な自分が、”待つ”と言い張っている。
「ほんと? 約束だよ」
零れるような笑みでそう言うと、少年は両手で頬をはさみ、再び口付けた。
激しいめまいに襲われながらも、その柔らかな唇の感触に陶然となった。


 さわさわ・・・・・・風が木々を揺らし、美しい木漏れ日が舞い踊る。
少年は、私の膝の上に座り、私を見上げるようにして見詰めている。

 金色の長いまつげに縁取られた大きな赤い瞳が、宝石のように煌き、その美しさに
吸い込まれてしまいそうだ。
「大丈夫?」
金色の眉を少しひそめている。
「?」
「眠くなった?」
「い・・・いえ・・・大丈夫」
照れたように少し笑って答えた。
「お名前は?」
「お・・・オリビエ・シャンドン」
「そう・・・オリビエ」
うっとり言って頬に手を伸ばした。
 ひんやりとしたその白い手に、そっと唇を押し当てた。
「き・・・君の名前は?」
「イ・・・イネス」
とんと頭を胸板に凭せ掛けて答えるその仕種に、思わずその小さな体を抱きしめたくなるほど
いとしさが募る。
「イネス・・・素敵な名前だ」
からからに乾いた口でつぶやいた。
「ありがと」
「そ・・・そうだ、これ・・・」
右手の中指にはめている銀の指輪を抜き取った。

 亡くなった継母が、大学の入試前に自分の大事にしていた宝飾品を鋳潰して
作ってくれた大切な指輪だった。 何不自由なく育ち、何でもかんでも買い与えてもらえるのを
当たり前と思って育ってきたが、そうまでして”お守りに”と贈ってくれた継母の優しさ、
思いやりが、本当に嬉しかった。 私にとっては、生涯唯一の宝物になった。
「う・・・内側に・・・名前が」
指輪を傾けて見せる。
「オリビエ・シャ・・・ン・・・ドン」
たどたどしく口に出して読み、とろけるような笑みを見せた。
「約束の証に・・・・・・預かっていて・・・いつか君の名前が入った指輪を・・・よ・・・
用意するか・・・ら」 舌が更にもつれる。
「わかった」
こくんと頷くと、襟元を探って金の鎖を引っ張り出した。

 幼い少年の首には少々重過ぎるメダリオンだった。
金の鎖の留め金をはずし、楕円型のメダリオンを抜き取って、代わりにその指輪を通した。
「失くさないように」 にこっと笑って首にかけ、指輪に口付けると、胸の中に滑り込ませた。
「これはオリビエに」
メダリオンを手渡した。

 ずしりと重いそれは、明らかに年代を感じさせる金細工・・・・・・ばらの花環の中に、
双頭の蛇がデザインされた精密な彫金が施され、蛇の頭には、それぞれ血のように紅いルビーが
埋め込まれている。 多分、紋章なのだろう。 どこかで見た覚えがあったような気がするが、
頭に霞がかかっていて、ちっとも働かない。 
「預かっていて」 
「でも、大事な品でしょう?」
心配になった。  なくしてしまったと、家族に知られたらイネスが怒られてしまうのではないか・・・と。
「いいの」
にこっと笑って続けた。
「オリビエの名前が入った指輪を用意するから、それまで、預かっていて」
私の言った言葉を、そのまま返してくる。
「わかりました」
めまいがまた・・・・・・。
「急いで大人になるから、だから・・・待ってて」
小さな手が、私の手をきゅうっと握った。
「い・・・急がないで・・・待っていますから・・・・・・ずっと待ちますから・・・」
激しい鼓動が鼓膜を叩きぐにゃぐにゃと目の前が歪む。
そして、どろどろと渦を捲き始めて、体がどさりと倒れた。
 ぎゅうっと耳の奥が詰まり、どろどろの渦が私を巻き込み、飲み込まれていき、
そしてぷつんと意識が途切れた。




          *



 養子として迎えられてすぐ、医学大学をめざすように義父は命じ、私に家庭教師をつけた。
住み込みの家庭教師は、義父は殆ど留守で、義母は病で寝たきりで、
使用人は私の部屋の様子を見に来ないとわかると、私に対する悪戯が、日に日に大胆になっていった。

 窓辺に置かれた机で、私が課題に取り組んでいると、隣に椅子を置いて座り、その手を
私の太ももに置き、撫で擦っていたのも束の間、その手はするすると上へと這い上がり、
ズボンを下ろし、机の下で下半身をむき出しにさせた。
何か言うでもなく、ただ幼く未熟なその器官を延々と弄び、ぬるぬるが
零れ始めると、家庭教師は私を膝の上に抱いて机に向かわせ、
ぬるぬるをまとわせた指先を、後ろの窄まりに埋め込むのだ。
だが、机の上では、課題の答え合わせをし、○や×をつけ、間違えた経緯を
説明したりする。
だが、そんな状態でどれだけ身につくというのか。
いつの間にか指は二本、三本と増やされて行った。



 ぐちゅ・・・・・・
淫靡な水音が響き、私は真赤になった。
「気持ちいいかい? オリビエ」
耳元で家庭教師が囁いた。
「はぁはぁ・・・・・・」 目が眩み、もう何も見えない。
家庭教師の指が、ぐしゅぐしゅと派手な水音を立てながら、抜き差しを繰り返す。
・・・と、いきなり目の前が真っ白にスパークして、
全身がびくびくと跳ねあがり、そして八分勃ちしている自身が、激しくその
身を震わせながら、初めての精を吐き出して、私はそのまま失神した。

 気がつくと、私は裸にされ、ベッドに大の字にくくりつけられていた。
首をねじり、音がしたほうをむくと、義父が家庭教師を四つん這いにさせ、
背後から腰を抱えるようにして怒張で貫き、責め立てていた。
家庭教師は、苦しげに喘ぎながら、
「義父上・・・義父上・・・」 そう言いながら、触れもしない股間の
昂ぶりから、だらだらと精液を零し続けていた。


 家庭教師と思っていた彼は、私と同じく養子に迎えられた義理の兄であり、
義父の言いつけで、私を地道にそのような体に躾けてきたのだ。
そして、あのまぐわう姿が、近い将来私を含めた三人になるということは、
容易に想像できた。 が、それを拒絶する事など、私には出来なかった。

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